自分を犠牲にした日のこと。

Work

どうもsatoです。

私は快適に暮らすために「ミニマリズムの思考」を取り入れたり、「自分が快適だと思うコト」を追求してみたりしています。

その上で大切にしている考え方の一つが

「自分を犠牲にしないこと」

過去に自分を犠牲にしてきた経験があるからこそ、強く思う部分はあります。

今回の記事は、文章が長くなったので、2回に分けます。

「自分を犠牲にしてきた数年前の心情」とその時を「俯瞰して今思うこと」をお伝えしたいと思います。

この記事は自分を犠牲にしてきた数年前の心情をお伝えします。(続きの記事はこちら)

最近の私の発信を知っている方からすれば意外な内容もあるかもしれませんが、今の自分の考え方に至る基礎になっています。

少し重めの内容になりますが、読み進めていただけるとありがたいです。

では早速。

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1.安易に仕事を引き受けたのが始まり

実は当時、人知れず色んな事をクヨクヨ悩んでいたりしたけれど、悩みを人に見せられなかった。

理由は負けず嫌いで、他人から一目置かれたいと思っていたから。

その結果「会社に必要な仕事だけど、誰もがやりたくないと思う仕事」で逃げない選択をしてしまった。
(今思えば逃げてもよかったのかもしれない)

この仕事を引き受けてから私は、

業務内容を快く思わない人達から、人格否定を含む心ない言葉を投げかけられる事が多くなった。

それはもう、沢山の人から嫌われた。
(今思えば私個人が嫌われたのではなくて、“嫌われ役“だったのかもしれないけれど)

当時の上司は、その状況を見てみぬふり。

ストレスが何層にも重なり合って、心に余裕なんて全くないし

病み期だったと思う。

目の前の仕事に一生懸命取り組むも、
全く自分に自信が持てなかった。

2.ストレスフルな日々

私に向けられる人格否定発言の一つ一つに反応していたら、とても仕事が回らない。

心は傷ついても反応しないことにした。
(結果的に「反応しない」が正解だったかもしれない)

途中、一緒にシステム開発プロジェクトを進めていた同僚が、システムリリース直前の超繁忙期に休職。

ただでさえ忙しい仕事でも、
皆がやりたがらない仕事だからか

サポート体制が整備されない。

結局日々の業務をしつつ、システムリリース直前の膨大な運用テストのほとんどを自分一人でこなした。

同僚からは“○○(私)さんしかいないから“と言われ、覚える事を放棄され、結局対応するのは私。

フルタイムで働くと決めたのは私自身なのだから、
泣き言は言いたくなかったけれど。

周りの同僚が5~10時間の残業で帰宅する中で、

月の残業時間60時間を頻発させた時は理由もないのに涙が自然に溢れて止まらなかった。

眠れない日が続いた。
休みの日は体が動かず、何もできなくなった。

だけど家族には相談しなかった。

相談しなかった理由は、会社を辞めろと言われるとわかっていたから。
(夫と私が逆の立場でも、会社を辞めるよう促すと思うから)

会社を辞めたら周囲に迷惑をかけると本気で思っていて、ストレスフルな状態で会社を辞めるコトは、即ち「負けるコト」だと思っていた。
(今は全然勝ち負けを意識してないんですけどね。)

精神的に不安定になったので心療内科には通いカウンセリングを少し受けたみたりもした。

だけど、カウンセリングを受けた直後の一瞬、少し気が休まるだけ。
根本解決に至らないと感じたため、通院をやめた。

今回は、ここまで。続きの記事はこちら

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